生きる目的を見失った夫婦
これから一体何をしていけば良いのだろうか……
Nさん夫婦(夫62歳、妻58歳)は、とても献身的で子ども想いの夫婦であった。2人の生活は子どもたちのためにあると言っても良い程で、子どもたちは何ひとつ不自由のない環境で育ち、大学進学そして有名企業への就職と周囲が羨むような道を歩んで行った。
やがて、子どもたちもそれぞれ結婚をし、それぞれの家庭を持つようになり、Nさん夫婦は自分たちの役目を無事に果たせたことを嬉しく思っていたという。
暫くは自分たちの達成感の余韻を楽しんでいたが、暫くすると突然の不安に襲われたとのこと。
これまで約27年間、2人の子どもたちのために夫婦共々頑張ってきた。苦しい時も辛い時もあったが子どもたちがいたからこそ頑張れた。時には夫婦で大喧嘩をすることもあった。しかし、それも子どもたちの未来を考えた意見のぶつかり合いであり、子どもたちを幸せにしたいという共通の想いがあってのことだったため夫婦の関係が悪化することはなく、むしろ更に絆は深まっていった。
しかし、子どもたちが独立し自分たちの役目が終わたと気づいた時、Nさん夫婦は、これから何を目的に生きて行けばよいのか全く分からなくなってしまったのである。
「私はまだ定年前で仕事も普段通りにしていましたが、週末は何をしたら良いのか全く分からなくなりました。気が抜けてしまったというか、何もやるに気にならないというか…」そう話すNさん夫。
一方、Nさん妻も、「もう子どもたちの食事をつくる必要がなくなり、夫と二人きりとなってしまった食卓はさびしくて……料理は好きな方でしたが、段々と料理する時間が少なくなっていきました」と語った。
「長男の方には孫が一人いましたが、長男家族は遠方に住んでいるため毎日会える訳ではありません。せめて孫の面倒を任さてもらえれば、あんな不安な日々は送らずに住んでいたのかもしれません。とにかく目に見えない不安に怯える毎日でした」とNさん夫婦は震えながら話してくれた。
それまで子どもたちのために頑張ってきたN夫婦。しかしその役目がなくなり、何か大きな物を失ってしまったような深い喪失感が湧き出し、これからどうやって生きる目標を持ったらよいのか全く分からず、このまま衰えてしまうのではないかという恐怖と不安が夫婦を襲ったのである。
夜もなかなか寝付けず、自分たちの人生は本当にこれで良かったのだろうか?と自問自答する日々が続いたという。
一匹の保護猫が夫婦に与えたもの
Nさん夫はその時まだ60歳、定年までまだ5年間あったが早期退職して、夫婦でどこか田舎に引っ越して農業でもやってのんびり暮らそうかとも考えたとのこと。しかし詳しく調べると高齢での農業はかなり困難であり夢叶わず農業を諦める人も少なくないことを知るとNさん夫は早期退職を諦めることにした。
また、不慣れな土地での生活や新しい環境に馴染めずにストレスが蓄積されていくことも不安材料の一つとなった。もし近所との人間関係が上手く築けなかった場合のリスクなど、高齢の引越し自体にマイナス点も多いため、いまの不安定な精神状態では新天地への移住はとても得策だとは考えられなかったのである。
そんな生活が半年ほど続いた後、Nさん妻が一匹の保護猫をもらってきた。その子猫はとても小さく、生後一ヶ月半くらいしか経っていないだろうとのこと。誰かが面倒をみなくてはとても生きていける状況ではない。
子どもたちがまだ幼い頃、子どもたちにせがまれて一度だけ猫を飼ったことがあるNさん夫婦。猫との暮らしはとても楽しかったが、やがて別れが訪れることになった。Nさん夫婦は家族のように可愛いがっていた猫の死に心を痛め、その時に二度とペットは飼わないと決めていたそうである。
あの時、愛猫の死に深い悲しみに襲われたNさん妻、しかし今彼女の腕の中には小さな子猫が幸せそうに眠っている。
「飼うの?」とNさん夫が聞くと「飼いたい」と答えるNさん妻。「また悲しい別れがくるよ?」と聞くと「それでもいい。この子を放ってはおけない」と話すNさん妻。結局Nさん夫婦はその小さな命を新しく家族として迎えることにした。
夫婦が見つけた第二の人生
それからのNさん夫婦は少しづつ変化していった。もう見えない不安や恐怖に怯える必要がなくなった。二人は保護猫のについての情報を集め勉強し、いくつかの保護猫のボランティア団体とも交流するようになっていった。
「最初のネコを迎えてから1年後くらいに夫婦で話し合ったんです。私たちの第二の人生を保護猫の活動に費やしてみないか?と。妻はなにも言わず頷いてくれました」とNさん夫は笑顔で話す。
「保護活動に専念する為に会社を早期退職しました。自宅の一部を使って保護ネコカフェをオープンさせて本格的に保護活動をするためにリースバックの利用も決めました。まとまったお金も用意できる一方で借り入れではないので返済のストレスがないのが良いですね」
「引越しせずに住み慣れた所でこれまでと同じ生活が続けられるのがリースバックの最大の魅力です。やっぱり引越しには色々ストレスがありますからね」とNさん夫は話してくれた。
夫の提案に一緒にやっていこうと決めていたNさん妻はリースバックの利用についても反対はしなかったという。
資産を残してやれないかもしれないことを子どもたちに伝えると「これから2人で好きなことをやっていけばいいよ。ウチらはもう十分過ぎるほど2人からもらっているから」と涙がでるようなことを言ってくれましたとNさん夫は照れながら話してくれた。今のところ自宅の買い戻しは検討していないという。
「私たち第二の人生がスタートしました。悔いのないように保護活動を頑張っていきます」と最後に万遍の笑みで語ってくれたNさん夫婦。
2人の新しい門出を素直に祝福したいと心からそう思える時間であった。