父親の突然の死……それをきっかけに普通の家族は家族でなくなってしまった
3ヶ月前、Sさん(30歳男性)の父が脳梗塞で突然倒れ病院に運ばれた。Sさんの母が倒れたSさんの父を自宅で発見し救急車を呼んで病院に運んだが、二日間目を覚まさぬまま帰らぬ人となった。69歳だった。
しかし、突然の出来事にSさん一家は悲しむ暇はなかった。死亡診断書を病院から受け取るとそれを市役所に持って様々な手続きをする。火葬するにも役所からの許可がないとできないなんてこの時に初めて知ったというSさん。銀行口座も凍結されてしまい、たとえ親族であっても原則現金が引き出せなくなってしまうため、葬儀に必要な現金を用意するにも一苦労であったという。
その他にも、保険の手続きや遺品整理、資産調査等、やることが目白押しであり「やらなければいけない事が次から次へと湧き出てくるため涙を流す悲しむ暇もなかった」とSさんは当時を語る。
Sさんには兄と姉がいた。兄は結婚をし、子どもが二人いた。姉は離婚をし一人娘をかかえるシングルマザーである。
相続をするにあたり資産の調査を進めていくと、Sさん父の総資産額は3000万ほどであった。自宅の建物は40年が経過していたため価値は無く、郊外の少し広めの土地の2000万のみであった。その他の資産はリスクがあるからという理由でSさんの父は投資などには全く手を出さなかったためコツコツと貯めた銀行預金の1000万だけであった。
「ま、ウチなんてそんな程度だよな。まだ1000万もの現金があるだけましか……」とSさんは笑って言うが、この後更なる悲劇がSさんを襲うことを当時のSさんは知る由もなかった。
単純に相続の計算をすれば、資産3000万のうち、Sさん母が1500万であり、残り1500万をSさん兄弟が均等に三等分して、一人500万づつ分割されるはずである。が、しかし、そう簡単に済む話ではなかった。
Sさん兄は自宅を建てる際にSさん父から300万の支援を受けていた。また、Sさん姉はシングルマザーであるため生活難からSさん父から200万の借金をし50万しか返済をしていなかった。
Sさんはというと、Sさん兄とSさん姉は地元の大学に実家から通っていたが、Sさんは遠方の大学に入学したために、大学の近くで一人暮らしをして4年間仕送りなどをしてもらっていた。
このそれぞれの事情が争いの火種となってしまったのである。
「兄貴はすでに300万の支援をしてもらっているのだから、500万全額ををもらう権利はない!」とSさん姉が言えば、
「お前(Sさん姉)にはまだ親父に150万の借金があるのだから、それを相殺しろ!」とSさん兄はSさん姉に言い返し、お互いがお互いを攻め立てる。更に、Sさん姉が「娘は来年から小学生になり、これからもっとお金がかかる。あの子に苦労させたくないから多くもらいたい。女性一人で子供を育てるのは大変!」
と言えば、「ウチにだって小学生の子供がいる。子供をダシに使うな!」とSさん兄が抵抗するのだ。そして、末弟であるSさんには……
「大学時代に4年間に500万もの仕送りをしてもらったのだから、お前(Sさん)の分はない!」
と二人はSさんに向けて強く言い放ったのである。
まさか、私たち家族がこんな争いに巻き込まれるなんて……
Sさんは言葉がでないくらい悲しかったという。それは、「お前の分はない!」と言われたからではない。Sさんたち兄弟は昔から仲が良く、これからも助け合っていけるとSさんは本気で信じていた。なのに、今では父の死を悲しむよりも父が残した遺産をめぐって争っているのである。
醜い相続争いなんて金持ちがやるものだと思っていたSさん。そして、兄弟同士でで争いたくなかったSさん。こんな醜い状況を見てSさんの父は何と思うだろうか?
問題は更に複雑化する。総資産額が3000万とはいえ、土地の評価額が2000万であって、現金は1000万しかない。Sさん兄弟が受けられる相続は1500万、しかし簡単に分けられる現金は1000万しかないため、なんらかの方法で不足分500万の現金を用意するか、土地を分割で相続するしかない。
Sさん兄は自分の不動産をすでに持っているため、中途半端な不動産はいらない。Sさん姉も現金化が難しい共有不動産よりも利便性の良い現金が欲しい。
一方、Sさん母だって今後の生活を考えれば「現金」は必要だろう。保険金で不足分を立て替えてしまえば当座の現金がなくなり生活に困ってしまう。とはいえ、家を売ってしまえば母の住む場所がなくなってしまうのである。
Sさん父からの死亡保険が入ったとはいえ、今のパート収入と年金では将来を考えても安心できる状況ではない。その上、家を売却し住みなれた場所から離れた不慣れな場所での生活は精神的にも負担がかかる。
Sさん母はSさん父と結婚して以来約40年この地で暮らしてきたため故郷以外で他の土地で生活をしたことがない。Sさん母の年齢的に言っても新しい場所での生活を強要することは酷なことである。
しかし、Sさん兄もSさん姉も譲歩をする様子はない。Sさん母もどうしらよいか悩んでいる。
このような状況が3ヶ月ほど続いた後、Sさん父の古からの友人がSさん父の死を知り駆けつけてくれた。突然の死にその友人は涙を流してくれたがSさんは家族が争っていることで頭がいっぱいで、その友人を快く迎えられる精神状態ではなかったとのこと。
しばらくSさん父の生前の頃の話をしていたSさん父の友人はSさんの表情から何かを察したのか、「何か問題でもあるのか?」と尋ねてきてくれたという。
その言葉を聞いたSさんはこれまで抱えていた悩みが堰を切ったようにあふれ出し、全てをそのSさん父の友人にぶつけてしまったのだそうだ。
Sさん父の友人は黙ってSさんの話を聞いてくれた。そして「そうか、私には何もしてあげられないが、弁護士にも相談してみてはどうか? 家を離れたくないならリースバックという方法もあるようだし」と話してくれたのである。
「リースバック?」
Sさんは当時その聞きなれない言葉が気になり相続問題に強い弁護士を探し相談することにした。
相続問題の約8割は資産総額5000万以下という現実
数日後、Sさんはやっとの思いで相続問題に強いという弁護士を探し、これまでの一部始終をその弁護士に伝えると「遺言書が残っていない状況では円満に解決できない場合が多々ある」と弁護士から説明を受けた。特に一般の家庭では、
「家族の仲がいいから大丈夫」
「争うような資産はないから問題ない」
そう考え「遺言書」を用意しない人は案外と多いとのことだそうだ。
一方、「遺言書」がなかったため裁判所で争われた相続問題の8割は総資産額5000万円以下、その内の35%は総資産額1000万以下という調査結果もあるという。
つまり、「遺言書」がないと殆どの家族が「相続争い」をする可能性が高いと考えられるらしい。
むしろ、資産家の方が争いは少ない。なぜなら、彼らは専門家から節税対策を通して「遺言書」の重要性を教えられているからである。
そして、Sさんの家族も例外ではなかった。遺言書がないためにそれぞれの思惑が衝突してしまったのである。こうなるともはや当人同士の話し合いではラチがあかない。感情的になり理屈ではどうにもならなくなってしまうからだ。
当初は弁護士が仲裁に入る事にすらSさん兄もSさん姉も反対だったとのことが、弁護士費用をSさんが負担することを条件になんとか話し合いの席に応じて貰えることになった。とはいえ、それぞれの言い分を主張するばかりで折り合いは簡単にはつかず、やはりリースバックを利用することでしか、それぞれを納得させられる方法が見つからなかったのである。
結果、リースバック会社に不動産を売却し、それぞれの相続分を現金で受け取ることとなった。家賃は発生するがSさん母は家を離れずにすみ精神的な不安がなくなったようである。しかし、Sさん父の保険金と相続した現金だけではSさん母の年齢から言っても無駄にすることはできない。そのためSさんは実家に戻りSさん母と生活をすることに決めた。Sさんが家賃を半分持つことで、Sさん母の生活もSさん自身の生活もそれぞれの金銭的負担を少なくすることができるからである。
また、リースバックなら売却した家を買い戻すことも可能だ。Sさん自身も自分が生まれ育った家がなくなるのは悲しいとのこと。そのため実現できるか少し自信はないが「いずれこの家を買い戻したいと考えている」とSさんは話してくれた。
今回の件でSさんは、兄や姉との関係にも隔たりができてしまった。しかしそこは血の繋がった兄弟。時間はかかるかもしれないが、また以前のような関係に戻れるとSさんは信じているという。そしてその時になって、帰れる場所ないのはやはり寂しいだろう。
その時までに、頑張ってこの家を……Sさんはまた以前のような仲良し家族に戻れること信じて新たな一歩を踏み出したのである。